手をのばす。
遠く遠くに見えるもの。
手をのばす。

精一杯に、ちぎれるくらい。

≪笑顔のままで≫


頑張ったことなんてなかった。
精一杯何かをやるなんて、以ての外。

だけど、今日は少しだけ、頑張った。
少しだけ精一杯、手伝った。

その結果が、これですか。


響く電車のブレーキ音。


思い出すのはあの日の風景。

いー兄に連れられてきた、笑い顔。
とても綺麗で、眩しい笑顔。
うっかり見とれてそうでした。

思い出すのはその日の風景。

「髪をのばしてるんです」と、少し照れて言った貴女。
誰のためかなんて、言わずともわかりましたよ。
うっかり嫉妬しちゃいそうでした。

思い出すのはこの日の風景。

笑って出て行った貴女。
帰ってこなかった貴女。
うっかり泣いてしまいそうでした。

この日、この日から。

僕の世界が崩れ去る。

時が止まり心が凍り、
貴女のことしか考えられない。

消えてしまった貴女。
どこかへ往った貴女。

僕に笑いかけてくれたことなんて、一度もなく。
ただ、彼の人のためだけに、嬉しそうに、楽しそうに。
笑っていた、貴女のことしか考えられない。

「萌太っ!!」
叫ぶ、崩子の声ですら、
僕の心は融かせない。

呆然としているいー兄の顔ですら、
僕の心は融かせない。


響く電車のブレーキ音。
その音ですら、

僕の恐怖を煽れない。

ニッコリと、微笑む。
少しだけ、精一杯に頑張って。

「バイバイ」


響く電車のブレーキ音。


止まらない、止まれない、止まってくれない。

「っ!!」
衝撃。
何が衝撃かって、直撃した電車じゃないですよ?

遠くだけれど、彼女が居た。

僕に向かって、微笑んだ。

遠くに見える笑顔が、
あまりにも美しくて、見とれてしまいました。

遠くに見える笑顔が、
あまりに綺麗で、嫉妬してしまいました。

遠くに見える笑顔が、
僕だけのものだってことに、泣いてしまいました。

はじめて、本当にはじめて。
僕を見て、笑ってくれた。

「――姫姉ひめねぇ……待ってて、くださいね…?」

だけど、今日は少しだけ、頑張った。
少しだけ精一杯、手伝った。

その結果が、これですか。

――悪く、ないですよ。
寧ろ、最高です。




手をのばす。
遠く遠くに見えるもの。
手をのばす。

精一杯に、ちぎれるくらい。


貴女へと、とどく距離。