「×××、居るか?」
「毎度訊くな。お前が帰ってきたときに、私が居ないことがあったか?」
ないな、と笑いかけると、そうだろう、と苦笑が返ってきた。
訊かねば不安で仕方が無いではないか。
聡い貴方のことだから、我の企てに気付きはしていまいか、と。
「凄いな、大量じゃないか! 偉いぞ」
貴方は我の頭を撫でた。もう十八にもなると言うのに。
なのに、褒められるのが嬉しかった我が居た。
でも、それも今日で終わりだ。
もう直ぐ……一ヶ月もすれば、新しく真庭忍軍の頭領が十二人、選出される。
新・真庭忍軍十二頭領が。
「×××…」
我が捕ってきた鼠をつまみ上げ、まじまじとそれを見つめていた彼が、我を見る。
「ん? どうした、鳳凰?」
名を呼んで、どうしたかったのだろうか。「顔をはがせてくれ」とでも?
どう言えば最善かわからなくなってしまった我は、とりあえず微笑んで、彼の隣に腰掛けた。
「いや、よく見たら×××ってかっこいいな……っと、思ったのだ」
今からはぐ顔を、よく見ておきたかった。
先ほど彼が鼠を見ているのと同じくらい真剣に、我も彼を見つめていると、さっと視線をそらされる。
手を広げ、鼠を地に落とした後彼は立ち上がった。
「少し出掛けてくる」
明らかに誤解された。
「待て!! 飯にすると言ったのはどこのどいつだっ!?」
袖を掴みながら叫ぶと、あちらも負けず劣らずの声で叫び返してきた。
「これでは足りんっ」
……かも? と、語尾を濁したが。
その後は、とっつかみあいの喧嘩になった。かなり痛かった記憶が、未だ鮮明に残っている。
結局、疑わしい発言をした我も誤解をした彼も悪いというオチで終わったっけな。
壁に寄りかかっていた彼は「あー…疲れた」と呟き、ズルズルと座り込んだ。
――今ならば、と。
我の黒き部分が、囁いた。
彼は、逃げれぬぞと。
我が、彼になれると。
彼を、殺せるかもと。
我が、彼を殺せると。
囁いた。
「なぁ、×××?」
今度は、確信を持って呼ぶ。
呼びながら、近づく。
「……? 一体どうした、今日はおかしいぞ、鳳凰?」
流石に何もなく何度も呼ばれることに疑問を感じ始めたのであろう彼は、訝しんだように我を見る。
「そうか?我は同じだ。 今日から、×××と」
右手を、彼の顔へと。 目の下あたりへと。
「………はっ?本当に、どうした?」
全く理解できていない風な彼が、酷く可笑しく、面白かった。
けれど、そんなことよりも。
「その問いにも、飽いた」
左手も一気にのばし、顔に添わせる。 そして、
爪を、食い込ませた。頬骨に直接指が触れるくらいにまで、強く深く。
「痛っ!! 何っ……を!?」
優しい優しい彼。
こんな状況になっても、まだ逃げるや応戦といった、暴力的な選択を選べていない。
「分からんか?顔を剥いでおるのだが」
白い肌を赤が伝う様は、何も言えなくなるくらいに美しかった。 瞬間息が詰まるほど。
そこに浮かぶ、髪と同じく色素の薄い目に驚愕が浮かぶ様も、見ていて楽しく。
「…何故、お前が……」
何故、我が?
可笑しくて可笑しくて堪らない!!
「愚問だ! 我が真庭忍軍を救うため以外に無いっ!!」
昂揚した気持ちのままに、教えるというよりは叫んだ。
小さく、彼の唇が「ま、に、わ」と動く。
「鳳凰…真庭 鳳凰…」
呆然と呟く彼に笑いかけながら、もう一度十指の先に力を込める。
「そう」
一息に、裂いた。
瞼の上でも知るものか、失明するならすればいい。
耳まで赤い筋が走っている。 放っておけば治るだろう。
だが。
五年以上連れ添ってきた我に裏切られた精神の傷は、治るまい?
我に傷つけられる日がこようなどと、賢しい貴方でも予想だにできませなんだか?
ならばさっさと。
明かりを失い、死んでおけ。
「いっ――あ゙ぁあああぁぁああああぁぁっっっ!!!!!」
両手で顔を覆いながら、彼が大きな悲鳴を上げる。
傷が痛むのだろうか。 …精神か顔か、分からんが。
「真庭鳳凰。 真庭忍軍を率いてゆく男の名ぞ、覚えておくが良い」
まぁ尤も……覚えるほどの脳が、今の貴方に残っているか?
「まさかこれで終わりと思っているのか、×××?」
自らを覆っている手を払ってやると、肩が大きく震えた。
「思っていないようで嬉しいぞ」
――我は彼を、殺した。